ちょっとずれた考察だとおもう

弾幕とシューティング史—-弾幕以前、弾幕以後 – シロクマの屑籠(汎適所属)
http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20081130/p1
一通り呼んでからのゲーム歴だけ長いへタレシューターの戯言。
全体の歴史的な流れは間違っていないと思います。確かに90年代後半の彩京ゲーなんてひどい。でもこの考察には違和感があります。
弾幕とシューティング史
この題名で引っかかるのは全然シューティングの歴史を事実と共に語っていないのに単純に弾幕以前以後にまとめようとしていることでしょうか。
なんか勘違いされているのですが、「覚えていないやつが死ぬ」、これは高速弾でも弾幕でも地形であっても、現在に至るもぶれる事の無いシューティングの鉄則です。シューティング以外のアクションゲームであってもそれはかわらない鉄則です。その鉄則が歪められているのは危険な行為であるはずの「大量の敵弾を出すことが点数に変わる」というフューチャーが存在しているからでしょう。なぜそれについて言及されていないのでしょうか。
また今、みんな同じような攻略をやっているように思われますが、インターネットの掲示板や動画サイトでほぼ最新の攻略を事前に見て覚えることが出来る現在と自分で切り開く、またはゲーメストやベーマガを教本として大きなタイムラグで覚えていく昔を同列には語れないはずです。
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初心者プレイヤーでも弾幕避けの緊張感や達成感を味わいやすく、それでいて上級プレイヤーをも飽きさせないような、そういうクオリティが21世紀のシューティングゲームには求められている。実際、発売タイトル数こそ少ないものの、昨今のアーケードシューティングゲームは、総じてクオリティが高い。
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この部分には考察の展開以外は同意したいのですが、こう書いた後に本当なら
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『デススマイルズ』や『怒首領蜂大復活』に端的に示されるように、弾幕シューティングゲームは、間口の広いゲームとして、それでいて上級プレイヤーのニーズにも応えるゲームとして着実に進化している。
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ここへつなげていくべき文章のはずが、なぜか
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 また、アーケードゲーム以外の分野でも、PC向け同人シューティングの『東方シリーズ』のブレイクによって、弾幕シューティングの楽しみはさらに広い層に届けられることとなった。『東方シリーズ』は、二次創作の素ネタとしての秀逸さや、出来の良い音楽が評価されがちだが、弾幕シューティングゲームそのものとしてのクオリティも高い。また、normal/hard/lunaticの難度設定や、ボム関連のバランス面でも優れている。『東方永夜抄』などは特に素晴らしく、ここまでの弾幕シューティングが家庭でも遊べるようになったということには驚くほかない。
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間に割って東方シリーズの話を持ち出しています。大体シューティングゲームとしての話題に二次創作は全く関係有りませんのでここで二次創作や音楽の話を持ち出す必要はありません。
つなぎ方も
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 むろん、アーケードゲームの分野でも、『デススマイルズ』や『怒首領蜂大復活』に端的に示されるように、<略>
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と一旦話題を切ったが為に改めて言及する形で書いています。難易度設定について書くなら虫姫さま、デススマイルズでも存在しているシステムであり東方シリーズを先に出す理由が存在しません。ここに違和感を感じずにいられない。ましてデススマイルズと怒首領蜂大復活は難易度でも設定でも全く違う作品です。それこそデススマイルズは東方シリーズに近い初心者にわかりやすいシステムで、怒首領蜂大復活は従来の怒首領蜂シリーズの流れを組んだ無骨で決して間口が広い作品とは思えません。
敵弾についてだけでいうなら、虫姫さまオリジナルモード、デススマイルズはほぼ自機向かって殺しにくる弾(昔のシューティング)、虫姫さまウルトラモード(ふたりBLではゴッド)、怒首領蜂大復活はばら撒く弾幕と大きく違うと思います。
そもそも1プレイ100円を投入して遊ぶアーケードとソフト代金1400円で何度でも遊べる東方シリーズを同列に語ることはできない話です。目的が似て非なる物であるからです。
全体的に弾幕以前以後というよりも、東方シリーズ以前以後で語られているのでアーケード畑の私としては考察が全然足りていないと感じています。